和歌山、熊野。日本古来の信仰と祈りが息づく世界遺産の地へ

和歌山、熊野。日本古来の信仰と祈りが息づく世界遺産の地へ

2022年02月28日

The KANSAI Guide

本州中央部から太平洋に突き出た日本列島最大の半島、紀伊半島に位置する和歌山県。その南部の熊野地域は、山岳地帯が大半を占めることから古来、“陸の孤島”と呼ばれ、独自の信仰と祈りの文化が形成されてきました。その象徴として広く知られているのが、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山を聖地とする熊野信仰です。熊野三山へと続く紀伊山地の参詣道である熊野古道は、聖地・霊場とともに「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されています。
そんな熊野の旅では、さまざまな体験を通じて信仰や祈りの歴史文化への理解を深めます。信仰心の有無や宗教の種別にかかわらず、あらゆる人を温かく受け入れる熊野の深い懐に飛び込みましょう。

熊野信仰の聖地で、熊野の神仏の深い懐を体感

鎮守の森を背後に社殿が並ぶ。中央が第三殿証誠殿

鎮守の森を背後に社殿が並ぶ。中央が第三殿証誠殿

一遍上人が熊野権現からお告げを受けた甦りの地で、心静かに合掌

一遍上人が熊野権現からお告げを受けた甦りの地で、心静かに合掌

旅のスタートとなる紀伊田辺駅から車に乗り込み、山越えの国道を進むこと1時間余り。最初の目的地にして特別文化体験の舞台となる、熊野本宮大社に到着です。
ここは、全国の熊野信仰の中心的存在である熊野三山のひとつ、熊野本宮大社。「熊野大権現」の扁額が掲げられた鳥居を抜けると、杉林の間に158段の長い石段が延び、聖地の清らかな空気が漂っています。
この旅での特別文化体験は、神職から案内を受けて境内を巡る、熊野本宮大社の特別参拝。この日は、第16代宮司の九鬼家隆さんから直々に案内していただける、貴重な機会に恵まれました。
神門で、御神職から大麻(おおぬさ)によるお祓いを受け、玉砂利が敷かれた御本殿前へ。第三殿、第二殿、第一殿、第四殿の正式順序で参拝します。ここから先は、一般非公開の御垣内へ入らせていただく特別案内です。
九鬼宮司に導かれて御垣内へと進み、第三殿の証誠殿で深々と一礼。社殿を囲む回廊の下に腰掛けさせていただきます。ここは、かつて日本に念仏信仰を広めた一遍上人が、自らの念仏布教に悩んで参籠し、熊野権現からご神託を受けたという由緒が伝わる神聖な場です。
「この場で祈りを捧げた一遍上人は、熊野権現から『信不信を選ばず、浄不浄を嫌わず、無心で布教するのだ』とお告げを受けます。これを機に一遍上人は悟りを開き、全国に念仏布教を広めました。このような人生の転機を含め、生まれ変わりや甦りの故事や伝承が、ここ熊野には数多く残されています」
九鬼宮司のお話を伺いながら心静かに合掌し、熊野権現の深い懐に抱かれたような感慨を覚えたのでした。

熊野愛と熊野の恵みにあふれた滋味深いランチ

熊野本宮大社の門前町に佇む、純日本建築の古民家レストラン

熊野本宮大社の門前町に佇む、純日本建築の古民家レストラン

地元ジビエを使った名物メニューの一つ、鹿肉のボロネーゼセット

地元ジビエを使った名物メニューの一つ、鹿肉のボロネーゼセット

熊野権現の懐に抱かれ、生まれ変わり、甦りの霊験を感じた特別な時間。九鬼宮司と神職に再訪を誓い、長い石段を下って熊野本宮大社を後にします。
気がつけば、陽もすっかり高く昇ったお昼時。心身は清々しく、足取りは軽く、ランチのお店へ向かいました。
少し歩いて辿り着いたのは、伝統的な純日本建築の古民家。2018年のオープン以来、地元の人びとや国内外からの観光客に親しまれている「くまのこ食堂」です。玄関で靴を脱いで店内へ入ると、畳敷きの部屋にゆったりとテーブルが配され、くつろぎの雰囲気があふれています。迎えてくれたのは、自他ともに認める熊野lover、店主の森岡雅勝さんです。
「学生時代から何度となく通っているうちに、土地、気候、風土、歴史、人、食材など、熊野のすべてに魅了され、卒業後に移住して仲間と一緒に店を開きました。コンセプトは“熊野の恵み”。ブランド化こそされていませんが、ここ熊野には素晴らしい食材がたくさんあります。食を通じて、熊野の魅力を知っていただけたら嬉しいです」
そんな熊野愛あふれる森岡さんの語りに聞き惚れながら、鹿肉のボロネーゼセットをいただきます。地元猟師から仕入れた鹿肉で作るボロネーゼソースは、濃厚な旨みがありながらジビエ特有の臭みは一切ない滋味深き逸品。自家農園の無農薬野菜を使ったサラダも、野菜本来の味が生きています。
森岡さんが言うとおり、食を通じて熊野の恵みと魅力を知った、豊かなランチタイムとなりました。

大水害で流された熊野本宮大社の旧社地、大斎原へ

威厳と存在感を放つ、日本一の大鳥居

威厳と存在感を放つ、日本一の大鳥居

かつて社殿が鎮座していた跡地に、2基の石祠が祀られている

かつて社殿が鎮座していた跡地に、2基の石祠が祀られている

滋味深い熊野の恵みを堪能した口福のひと時。熊野lover森岡さんに見送られ、本宮の門前町へと出かけます。数分の道のりで辿り着く次の目的地は、熊野本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)です。
広い田園を貫いて延びる参道の先には、巨大で壮麗な大鳥居が立ち、聖地としての威厳と存在感を放っています。高さ約34m、幅約42m、日本一の規模を誇るこの大鳥居は、平成12年(2000)に世界の安寧と平和を祈念して建立されたそうです。
この大鳥居から先、熊野川と音無川、岩田川が合流する中洲一帯に、かつて熊野本宮大社が鎮座していました。しかし、明治22年(1889)の大水害により多くの社殿が流出。明治24年(1891)、奇跡的に残った社殿を現社地に遷座する形で再興したのです。
旧社地とはいえ、由緒ある本宮の境内地であることは変わりません。大鳥居をくぐり森の中の参道を歩くと、今なお漂う神聖な空気に身も心も引き締まります。参道の先、森の中に開けた空間は、130年ほど前まで社殿が建ち並んでいた聖地。皇族をはじめ熊野を目指した多くの人びとは、長い道のりを経てこの聖地へ辿り着いたのです。一遍上人が熊野権現のご神託を受けて甦りを果たしたのも、この地。そんなことに思いを馳せ、歴史の重みを噛み締めながら、遷座後に祀られた石祠の前へ。頭を垂れて手を合わせ、本宮大社へ参拝してきたことを報告し、改めて旅の無事を祈ったのでした。

平安貴族も訪れた川の参詣道「熊野川舟下り」を追体験

雄大な景色を楽しみながらの約90分、16kmの川舟下り

雄大な景色を楽しみながらの約90分、16kmの川舟下り

この土地独特の地質による切り立つ岩肌と巨岩がおりなす景色を堪能

この土地独特の地質による切り立つ岩肌と巨岩がおりなす景色を堪能

大斎原を後にし、貸切舟にて熊野川を下り熊野速玉大社を目指します。熊野川の舟下りは、世界で唯一、「川の参詣道」として世界遺産にも認定されています。熊野本宮大社と熊野速玉大社は、ともに熊野川沿いに鎮座していることから、上流の熊野本宮大社から河口近くの熊野速玉大社までは、江戸時代にかけて川舟を利用して参詣され、 熊野川は、熊野三山への重要な参詣道でした。道の駅「瀞峡街道 熊野川」から乗船し、熊野速玉大社近くの権現河原まで約90分間、全長およそ16kmの川下りを楽しみます。舟には経験豊富な船頭と語り部が同乗し、雄大な景色を眺めながら滔滔と流れる大河をゆったりと進み、語り部による熊野の歴史、語り継がれる物語に聞き入ります。絶景ポイントでは語り部による篠笛の演奏などもあります。
約90分の舟下りの旅を終え、熊野速玉大社近くの河原にて下船し、2、3分ほど歩くと、熊野速玉大社の鳥居に到着です。

正式参拝と降臨の地訪問で授かる、熊野速玉大神の御霊験

朱塗りの社殿が美しく神々しい熊野速玉大社の境内

朱塗りの社殿が美しく神々しい熊野速玉大社の境内

熊野三神が降臨した地と伝わる、神倉神社のゴトビキ岩

熊野三神が降臨した地と伝わる、神倉神社のゴトビキ岩

熊野本宮大社の旧社地で馳せた、古の時代に熊野を詣でた先人たちへの思い。その思いを胸に、先人たちの巡礼に倣って新宮市を目指します。
熊野川の河口近くに鎮座する熊野三山の一つ、熊野速玉大社に到着です。御神職の案内で境内を進むと、御神木である梛(なぎ)の大樹が威光を放っています。さらに進んで巨大な注連縄がかかる朱塗りの神門をくぐった先には、同じく朱塗りの瑞垣と社殿。輝く玉砂利、森の緑とのコントラストに、美しさと神々しさを感じます。
そして、御神職に導かれ拝殿へ。奥正面の第一殿結宮と第二殿速玉宮に祀られる、熊野速玉大神と熊野夫須美大神への正式参拝です。お祓いとご祈祷、玉串奉奠などの神事を通して、神の御霊験を授かります。
「捧げていただいたのは、梛の玉串です。先ほどご覧になった梛の大樹は熊野権現の象徴として、『なぎ』が凪に通じることから海上や道中安全の御神徳で信奉が篤く、古来この葉を懐に納めて参詣することが習わしとされてきました。昔の人びとにとって、熊野権現の護符である熊野牛王宝印とともに梛の葉を授かることが、難行の熊野詣を無事に果たすための大きな支えだったのです」
御神職のお話を伺い、授与所で梛の葉を模した御守と熊野牛王宝印を受けて境内を後に。熊野速玉大社のルーツ、神倉神社へ向かいました。
神倉山の山頂へ続く538段の石段を登りきると、山から天に向かって突き出した巨岩が目に飛び込んできます。ゴトビキ岩と呼ばれるこの巨岩こそ、熊野三神(熊野速玉大社の熊野速玉大神、熊野那智大社の熊野夫須美大神、熊野本宮大社の家都御子神)が最初に降臨したと伝わる御神体。その御霊を恭しく迎えるために社殿を設けたのが、先ほど参拝した熊野速玉大社だったのです。
熊野速玉大社と神倉神社の参拝を通じ、改めて感じた熊野権現の霊験。神倉山の麓で再び深々と頭を下げ、新宮の地を後にしました。

蒼き海に浮かぶ、一島一旅館のプライベートリゾート

海に面した絶景露天風呂、紀州潮聞之湯

海に面した絶景露天風呂、紀州潮聞之湯

夕食は、熊野の恵みが詰まった多彩な料理に舌鼓(写真はイメージです。宿泊プランや季節により内容が異なります)

夕食は、熊野の恵みが詰まった多彩な料理に舌鼓(写真はイメージです。宿泊プランや季節により内容が異なります)

新宮市を離れ、一路紀伊勝浦へ。今夜の宿、熊野別邸中の島への移動します。
熊野別邸中の島は、勝浦港沖の中ノ島にある一島一旅館のプライベートリゾート。勝浦港の桟橋から宿の専用船に乗ってアクセスします。港から島までは、約5分の海上散歩。紺碧の海に浮かぶ多島美と壮大な太平洋の景色を楽しんだ後、いよいよ島へ上陸です。
ウェルカムドリンクをいただきながらチェックインを済ませ、全室露天風呂付きの新館「凪の抄」へ。⼭の熊野、海の熊野をテーマとした和モダンな装いの部屋には、⽩⽊の家具や繊細な組⼦の障⼦などが設えられ、落ち着きと温もりを感じます。
お部屋の露天風呂は後ほどゆっくり楽しむとして、宿自慢の絶景露天風呂「紀州潮聞之湯」で旅の疲れを癒すことに。眼前に広がる海が空と一体になったような景色は、まさに絶景というほかありません。そんな絶景と、源泉掛け流しの良質な温泉に、身も心も解きほぐされたのでした。
そして、お待ちかねの夕食。紀州勝浦産生まぐろをはじめ、鮑、熊野和⽜、紀州南⾼梅など、南紀熊野の海の幸と⼤地の恵みが詰まった多彩な料理を存分に味わう、⾄福の時間です。ラウンジ・バーで食後のひと時を楽しんだ後、翌朝の生まぐろ競り(入札方式)見学に備えて早めに休みました。

はえ縄漁による生まぐろ水揚げ日本一の漁港で、実際の競りを見学

那智勝浦自慢の生まぐろが市場の床一面に並ぶ、圧巻の光景

那智勝浦自慢の生まぐろが市場の床一面に並ぶ、圧巻の光景

上階の見学エリアにも、市場の活気が伝わってくる

上階の見学エリアにも、市場の活気が伝わってくる

島のプライベートリゾートで深い眠りについた翌朝。早起きして身支度を整え、島から勝浦港へ向かいます。漁港で行われる、生まぐろの入札を見学です。
那智勝浦は、はえ縄漁による生まぐろの水揚げ日本一を誇る生まぐろの町。漁港には、日本でも有数の好漁場として知られる熊野灘で獲れた生まぐろが、連日水揚げされます。この日も、豊漁の様子。市場の上階に設けられた見学スペースから眺めると、大小さまざまな生まぐろが床一面に並べられていました。
競りが始まるまでの時間、漁港の歴史やはえ縄漁の伝統、他地域との違いなど、勝浦のマグロに関する説明をガイドから受けます。近年、気候変動による海洋環境の変化、乱獲などさまざまな要因で漁獲量が減少。マグロ漁は危機に瀕しているそうです。しかし、那智勝浦では、昔から成長した魚体だけを獲るはえ縄漁法を徹底して乱獲を防ぎ、マグロ漁の文化を未来に繋げようとしているといいます。
そうこうするうちに、にわかに市場が活気づき、いよいよ生まぐろの入札がスタートです。ここ勝浦漁港では、一般的な競りとは異なる入札方式で生まぐろが取引されます。仲買人が厳しい目利きで選んだ生まぐろを、入札札に金額を書いて一発勝負で入札していく様子は、想像以上に大迫力。入札札を読み上げる威勢のいい声が響きわたり、生まぐろにかける情熱が伝わってきます。
そんな入札の様子を間近に眺めていると、昨夜おいしくいただいた生まぐろに愛おしさすら感じるのでした。

世界遺産の古刹で学ぶ、那智の信仰と参詣の歴史文化

境内の一角には、復元された補陀落渡海船が展示されている

境内の一角には、復元された補陀落渡海船が展示されている

補陀落渡海へ出た25人の名を刻んだ石碑

補陀落渡海へ出た25人の名を刻んだ石碑

比丘尼ガイドの巧みな絵解きで、那智の巡礼を追体験した気分に

比丘尼ガイドの巧みな絵解きで、那智の巡礼を追体験した気分に

市場で繰り広げられる真剣勝負を目の当たりにした後、専用船で島の宿へ戻って朝食。食後は、島内の見晴台へ。熊野灘の雄大かつ優美な風景を楽しんだら、チェックアウトして島を離れる時間です。
勝浦港で車に乗り換え、世界遺産の補陀洛山寺へ到着。4世紀にインドから渡来した裸形(らぎょう)上⼈の開祖とされる、補陀落信仰の根本道場だった古刹です。
「補陀落とは、サンスクリット語『ポータラカ』の⾳訳で、南⽅海上の彼⽅にある観⾳浄⼟のことを指します。熊野では、熊野三山を巡礼する信仰のほか、補陀落を目指して海を渡る補陀落渡海という信仰がありました。僅かばかりの食糧を積んで扉を釘で塞いだ、補陀落渡海船と呼ばれる小舟で船出する、捨身行です。この寺は、その出発点でした」
復元された補陀落渡海船の前で、地元のガイドさんからお話を伺い、補陀落信仰について深く理解。補陀落渡海を行った25人の名が刻まれた石碑も、ご案内いただきました。
お寺にまつわる由緒と信仰を学んだところで、本堂を参拝。堂内に入ると、白装束に身を包んだ熊野比丘尼姿の女性ガイドが待っていてくれました。熊野比丘尼とは、戦国時代から江戸時代にかけて、熊野三山への寄進集めや参詣者誘致を目的に、曼荼羅絵図を携えて全国を渡り歩いた尼僧のことです。ここでは、比丘尼ガイドによる那智参詣曼荼羅絵解きを体験します。
曼荼羅に描かれた那智一帯の聖地・霊場を巡礼する、さまざまな人の物語。比丘尼ガイドの巧みな語り口に惹き込まれ、自分自身が巡礼しているかのような気分です。この先の行程で訪ねる予定の場所も登場し、とても良い予習にもなりました。

鬱蒼とした杉林の中に延びる石畳の古道、大門坂を往く

樹齢800年の老杉が仲睦まじく並ぶ、夫婦杉

樹齢800年の老杉が仲睦まじく並ぶ、夫婦杉

時折差し込む木漏れ日が、古道を美しく見せてくれる

時折差し込む木漏れ日が、古道を美しく見せてくれる

那智山にまつわる信仰と参詣の歴史文化を深く学び、予習は万全。この先は、実際に各所を巡って追体験です。
まずは、補陀洛山寺から車で大門坂駐車場へ移動。そこからしばらく歩くと、熊野三山巡礼の最終地である熊野那智大社へと続く、大門坂の入口に辿り着きます。この大門坂は、熊野古道中辺路の一部。石畳の坂道が約650mにわたって続き、熊野古道の中でも特に往時の面影を色濃く残しています。
大門坂入口から舗装された道を歩き、小さな集落を抜けると、那智参詣曼荼羅にも描かれていた鳥居に迎えられます。その場で一礼して鳥居をくぐり、那智の聖域と俗界を分けるといわれる振ヵ瀬橋を渡ると、樹齢800年の杉の巨木が2本並ぶ夫婦杉。その先の堂々たる石畳の坂道が、いよいよ大門坂です。
鬱蒼とした杉木立の中に続く、苔むした石畳の古道。その場に身を置くだけで、身も心も浄化されていくのを実感。かつてここを歩いた先人たちに思いを馳せながら、一歩ずつ踏みしめるように登ります。吹き出す汗と乱れる息をものともせず登り詰めた先には、熊野那智大社の門前町が広がっていました。

熊野信仰の原点、熊野那智大社にて正式参拝

拝殿内での正式参拝。ご祈祷、お祓い、神楽などの神事を体験

拝殿内での正式参拝。ご祈祷、お祓い、神楽などの神事を体験

正式参拝後、御神職による特別案内で本殿神域を参拝

正式参拝後、御神職による特別案内で本殿神域を参拝

御神職からは、隣接する那智山青岸渡寺との関係性のご説明も

御神職からは、隣接する那智山青岸渡寺との関係性のご説明も

大門坂を登りきった後、熊野那智大社の門前町で名物のめはり寿司と蕎麦をいただきながら小休止。素朴ながらも滋味深い味わいに、疲れた身体も癒されます。食後には、同じく名物の熊野もうで餅もいただいて、しっかり英気を養いました。
そして向かうは、那智の山上に鎮座する熊野那智大社。門前町から長い石段の参道を登り、朱塗りの社殿が並ぶ山上の境内へと進みます。ここで体験するのは、拝殿での正式参拝です。授与所で受付を済ませ、那智山熊野権現の文字が記された略式の小忌衣(おみごろも)を身につけて拝殿内へ。椅子に腰掛けて、ご祈祷を待ちます。
待つことしばし、巫女さんが打ち鳴らす太鼓の音が拝殿内に響き渡った後、正装の御神職による祝詞の奏上からご祈祷が始まります。御神職からのお祓い、巫女さんによる神楽、玉串奉奠(たまぐしほうてん)へと進み、再び打ち鳴らされる太鼓の音で滞りなく神事が納められました。
そして、ご祈祷の後は御神職による本殿神域への特別案内。まずは深々と頭を下げ、神々にご挨拶を捧げます。神域では、⾃然崇拝、神道、仏教、修験道などが折り重なって⽣まれた熊野信仰の原点ともいえる、熊野那智大社の御由緒に関するお話を拝聴。さらには、隣接する那智山青岸渡寺との関係性など神仏習合についてもご説明いただき、熊野三山を聖地とする熊野信仰について、より理解を深めることができました。

古来、神として崇め奉られてきた、聖なる滝へ

飛瀧神社の御神体である滝を境内から遥拝

飛瀧神社の御神体である滝を境内から遥拝

間近で真正面から滝を遥拝できる、境内奥のお滝拝所舞台

間近で真正面から滝を遥拝できる、境内奥のお滝拝所舞台

正式参拝で神の霊験を授かり、熊野信仰への理解を深めた熊野那智大社への参拝。隣接する那智山青岸渡寺にも参拝した後、那智の滝へと足を延ばします。
山上の熊野那智大社境内を離れ、山の中腹へ下りて向かったのは別宮の飛瀧神社。一礼して鳥居をくぐり、参道の石段を下って行くと、飛沫を上げて流れ落ちる大きな滝の姿が目に飛び込んできました。
那智の滝は、那智⼭の奥⼭から流れ出る本流に幾つもの流れが重なり合い、原始林の間を落下しています。⽔柱の落差は133m、銚⼦⼝の幅は13m、滝壺の深さは10m以上。⽔量は毎秒1トンにも上り、日本三名瀑の一つに数えられる滝です。那智山の原始林を切り裂くように流れ落ちる大瀑布は、古くから人びとの間で神聖視されてきました。熊野那智大社の社伝によると、神武天皇が那智の浜から上陸する際にこの滝を見て、神として祀ったということです。
滝を遠巻きに見上げる拝所で一礼し、聖なる滝に参拝。その後しばらく、写真を撮ることも忘れ無心で眺めてしまいます。さらに奥にあるお滝拝所舞台へ進み、最も近い場所から真正面に滝を遥拝。人びとが畏怖の念を抱いて神聖視し、熊野那智大社のルーツであるこの地で御神体として崇め奉られてきたことに、深く納得するのでした。

あらゆる人を温かく迎え入れてくれる、山上の極楽浄土

ご本尊の阿彌陀如来が祀られている本堂

ご本尊の阿彌陀如来が祀られている本堂

春には花々が咲き誇る庭。木々の向こうには熊野灘の眺望が広がる

春には花々が咲き誇る庭。木々の向こうには熊野灘の眺望が広がる

後ろ髪を引かれる思いで那智の滝を後にし、妙法山を目指します。車に乗ること20分余りで辿り着いたのは、海抜749mの妙法山上にある熊野妙法山阿彌陀寺。約1300年前の奈良時代に中国・唐の高僧が修行し、その後平安時代に弘法大師空海がこの地にお堂を建てて阿彌陀如来を祀ったことが創建の由来とされる、真言宗の古刹です。
駐車場で車を降りると、まず目に飛び込んできたのは熊野灘を一望する風景。江戸時代の名所図会には、「⾵景⾔語に絶す」の言葉とともに挿絵付きで紹介されているほどの絶景です。
しばらく絶景を眺めた後、木立に囲まれた石段の参道を登っていきます。さほど長くない参道を登り詰めた先の山門をくぐると、そこにはよく手入れされた庭が広がり、初めて訪れる私たちを歓迎してくれているような温かみを感じました。
この日、出迎えてくれたのはご住職の谷宏之さんです。
「ここは、『黄泉(よみ)の国』への入口として篤い信仰を集めてきた聖域です。死をつかさどる寺ともいわれてきました。末法思想による浄土信仰が盛んになった平安時代の昔から、阿彌陀如来がおられる西方浄土への憧憬を抱く多くの人が、わざわざ山を登ってこの寺へお参りされたそうです。信不信、浄不浄などを問わず、悩める人びとを受け入れてきた寺の歴史は、今の時代も変わることはありません。どうぞ、ゆっくりとお参りください」
そんなご住職のお話は、熊野権現の懐深さに通ずるものを感じます。本堂の阿彌陀如来に手を合わせ、隅々まで手入れが行き届いた広い境内を散策すると、ほっと心が落ち着き温かく優しい気持ちになるのでした。
そして、いつまでも留まっていたい気持ちを抑えながら、ご住職に感謝を伝えて下山。色川と呼ばれる集落に広がる美しい棚田風景を車窓から眺めながら、旅の終着地である紀伊勝浦駅へと向かいました。

「甦りの聖地、熊野」を訪ね、日本古来の信仰と祈りの文化に触れた一泊二日の旅。神仏をはじめ、土地や人、食など熊野のすべてから、生きる力を授かるというあらたかな霊験を授かったような気がします。

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