コラム

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    日本酒、その起源を尋ねる

    日常の何気ない場面で、なぜ一杯の日本酒を注文したり、一升瓶を購入したりするのかを、誰かに合理的に説明しようとしても、説得力のあるこたえを見つけるのは難しいでしょう。別に日本酒を選択することが悪いと言っている訳ではなく - 私は多かれ少なかれ、それを前提に人生を捧げてきたので、例外かもしれないですが -手軽に手に入り易い価格の日本酒が増えている中で益々その答えを探す理由は説明しづらくなってきていると思います。


    日本酒の業界は複雑で、長年携わっていても何が何なのかを正確に読み解くのは難しい状態です。また日本酒業界には厄介な課題もあります。それは何世紀にもわたる幅広い文化的な関連性に裏打ちされた製品としての存在、それとも膨大な予算をかけたマーケティングキャンペーンとしての存在、場合によってはその両方に裏打ちされた製品としての存在など、競争の激しいアルコール飲料市場の中で、その「価値」を正当化しようと業界が過去数世代にわたって重ねてきた説明の沼から、それぞれの存在感を切り離すことが難しくなってきているからです。


    それはまるで寒さの中で放置されているか、または草むらの奥に埋もれている状態でもあります。まさに日本酒の価値を探究する方法が見つからず、膨大な情報の渦に飲み込まれすぎて、どこに価値があるのかを正確に把握するのが難しい状態だと思えます。日本酒の場合、業界は数多くの情報を提供しようしすぎて、本当はどんな情報を届けることが広く世間に対して重要なのかということが殆ど無視されてきたように感じます。確かに満足感や力を与えてくれる情報はありますが、その情報の価値を測るための意味のあるモノサシがなければ、全ての情報はノイズのようなものです。日本酒文化の文脈そのものへの説明責任を業界が負わないことと裏腹に、逆に熱意のある日本酒ファンや愛好家からは、日本酒作りに関する説明や、飲み方などについて十分すぎるほどの情報が効果的に提供されていますが、その過程でもその本質や意義については殆どの場合が暗闇の中に置き去りにされました。知識が蓄積されているにもかかわらず、実際には日本酒の本質についての説明は迷走状態です。


    同時に世界中に日本酒教育のための素晴らしいプログラムが存在していることも確かであり、優秀で献身的かつ情熱的な有識者たちの組織によって主宰されています。もしあなたがこの記事を読んでいて、まだ参加していないのであれば、そのうちの一つ、あるいはいくつかに参加すべきです。


    試飲会やセミナーの冒頭では、何千年にも渡る日本酒の歴史が神話や伝説にどのように溶け込んでいるのか、そして何世紀にも渡り継承されてきた儀式や祝い事にどのように日本酒が織り込まれてきたのか、そして日本人が米の収穫の威厳を深く敬愛し、その結果として日本酒が地域社会の繁栄のための深い精神的な基盤を築いてきたことについて、司会者が数分間の時間を割いて説明をしてくれます。これまで何世紀にもわたって、こうした様々な営みが日本酒の個性や地域性を磨き上げ、地域の個性と、人々への発見を刺激し、日本酒ファンをとりこにしてきました。


    しかし多くの場合、人間の経験の中心でもあるこの精神的でより個人的な魅力について簡潔に説明した後に、物理的または精神的で本質が取り除かれた情報の説明に脱線する傾向があります。日本酒業界全体としては、一般的に特徴的な何かを好む体質があり、確かにそれも魅力の一部であることは間違いないのですが、日本酒の地域特性を具体的なロードマップに落とし込む姿勢が足りておらず(もしくは無関心により)、世界で最も刺激的で美味しい酒類の一つであるにもかかわらず、知らず知らずのうちにその個性を活かしきれず永遠の迷宮に閉じ込めてしまったのです。


    もし業界が、日本酒の世界観を表現する術として、現実と精神性を融合させるような発見の道筋を描きあげ、不変で永続的なるものを、ある種の初期の道標とすることにコミットするならば、日本酒の世界は根本から神秘的かつ現実的、具体的な説明方法を手に入れることが出来ます。そのためには普遍的な価値観に根ざした日本酒の「発祥の地」を明確に確立する必要があるのです。


    関西はその発祥の地であり、本当に素晴らしい価値を持っています。


    その場所は奈良。明確に定義され、具体的で議論の余地のない日本酒発祥の地です。


    1.大神神社:日本酒の精神的な発祥の地。日本最古の神社。

    2.菩提山真言宗 大本山 正暦寺:現代の酒造りの発祥の地。

    3.菩提酛:現代の酒造りの祖先とされるだけでなく、日本全国の特定の地域(奈良)に関連した真に独創的な「スタイル」の酒造りの唯一の例と考えられる酒造りの方法。

    4.吉野杉:吉野町には吉野杉の広大な森があり、日本酒業界で唯一認められている木材資源と、それに付随して何世紀にもわたって吉野杉製の樽や貯蔵庫、道具を供給する工芸品の伝統産業があり、何百年にもわたって日本中に酒造りと発酵の習慣を浸透させ、維持し、進化させてきました。


    まさにこれらは奈良だけにみられる特徴なのです。


    例えばワインの神がいて、そこに近代的なワイン造りの発祥の地があり、間違いなく唯一決定的なワイン作りの方法が地域に根差しており、フレンチオーク樽と伝統的なワイン造りの道具が供給できる天然資源があり、日々の忙しい旅程の午後に平凡な光景へアクセスすることができるとしたら?それは、ワインの専門家やワイン愛好家にとって、紛れもなく魅力的な巡礼の旅となるでしょう。


    それが奈良の日本酒なのです。半径約20kmの範囲内には、文化的、精神的、技術的に日本酒に関連するほぼ全てのものの具体的な礎石が存在しています。増え続け、進化し続ける語彙が、この素晴らしい飲料である日本酒のコミュニケーションを圧迫し、大金を投じたマーケティング・キャンペーンに誘発された飲み会のお酒として永遠の敗北戦を余儀なくされている現実とは異なり、奈良と日本酒の関係を定義する特徴は、日本酒の文化的、精神的なアイデンティティの基盤を表現しています。奈良には、日本酒の巡礼の最初の目的地となるために必要な全てのものが備わっています。それは、奈良が他の地域より「優れている」からではなく、日本酒を人間的、精神的な意義と結びつける上で、明確な意味があり、普遍的で揺るぎない本質に根ざしているからです。


    奈良は日本で最もダイナミックで予測不可能な酒の生産地の一つであることは間違いないといえます。しかし、現代に通じる酒造りの発祥の地であるにもかかわらず、生産量や消費量、継続的な受賞歴、市場に出回っている「プレミアム」商品の割合など「一流の生産地」を特徴づけるために用いられる典型的な指標のいずれにおいても、実際には特に上位にはランクされていません。しかし、その一方で、奈良の蔵元たちは、いわゆる市場に反映される「現代的」な価値への期待を持っておらず、消費者の期待や金銭的な義務を押し付けている訳でもありません。この地では、表面的で一貫性に欠けているものは意味がなく無価値の海に投げ込まれます。「日本酒発祥の地」と言われる地域だからこそ、我々愛飲家にとって好奇心と可能性を刺激してくれる場所として存在しています。



    地域(とその生産者)がその精神的・文化的な関連性に根ざしているということは、おそらく最もエキサイティングな飲料の風景と言えます。日本酒が、ビールやワインのように世界規模の文化的関連性を持つものにはまだ程遠いことを考えると、日本は、日本の価値と日本酒の価値を同期化するだけではなく、日本全国で日本酒の重要性に対して時を超えて貢献してきた場所を磨いてゆくために豊かな物語を構築する事が大切です。上記のような理由で奈良のような地域を際立たせることは、その地域の意義ある貢献を強調するだけでなく、他の地域を独自の条件で定義するための基盤を確立することにもなります。


    奈良全体を酒の聖地として主張することの効果の一方で、そうすることで関西圏(と日本酒というカテゴリー全体)に大きなインパクトを与えることになります。なぜなら、奈良は、深い精神的・文化的な関連性を持つ拠点として確固たる地位を築いた「最初で」、「唯一の」資質の驚くべき集合地域であり、今日私たちが当たり前のように享受している日本酒の基礎を築いた初期の技術的な能力を表しているからです。


    奈良県は、日本酒の長大で多様な物語から大きく取り残されることが多いですが、隣接する兵庫県と京都府は、地球上のあらゆる日本酒関連のカリキュラムで賞賛されていることは誰もが知るところです。実際に、この2つの地域だけで日本で生産される日本酒の40%以上を生産しています。そのため、現代の文脈では「大蔵元の故郷」と気軽に呼ばれることが多いですが、何世紀にもわたって深く定着してきた業界では、その存在感を確固たるものにするのは一朝一夕ではありません。兵庫と京都が何百年にもわたって酒造りの革新の温床であり、優れた酒を造るだけでなく、それをどうやって国民に届けるかということを全国的に見極めてきたからこそ、これらの地域が今日のようなパワープレイヤーとしての地位を確立したのです。


    関西の豊かな歴史と文化的な要素は、他の地域を引き立たせるのに役立ちます。東北地方で造られ、賞賛されている日本酒は、単に品質が優れているだけではなく、それ以前に造られたものやその周辺のものとの関連においても、非常にユニークなものであることを忘れてはいけません。新潟、秋田、福島、山形、栃木のような地域が現代の文脈の中で成し遂げてきたことは、世界的に品質の真偽が見直されている中で、何世紀にもわたって関西で確立された基盤と積極的に結びついて磨かれました。そうすることで、どこでもより良い、より個性的で格別な日本酒が生まれるのです。


    関西地域が将来の酒好きな人々のために、点と点を結びつけるために協力し合うことに力を入れれば、それぞれの地域が持っている歴史的根拠、正統性、品質、関連性、精神的な意義を高め、日本酒体験の生きた小宇宙が確立します。その仕掛け自体が日本酒の生産地全体を活性化するために必要な基盤となるでしょう。


    そのためにも、まずは、「日本酒の故郷」への道を少しだけ進むことが必要なのです。


    執筆者 ジャスティン・ポッツ

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