初めてなのに懐かしさを感じ、ふるさとへの思いを呼び起こされる、鳥取の旅

初めてなのに懐かしさを感じ、ふるさとへの思いを呼び起こされる、鳥取の旅

2022年01月31日

The KANSAI Guide

日本の47都道府県のうち、最も人口が少ない鳥取県。それだけに、市街地から少し離れるだけで豊かな自然が広がり、昔ながらの田舎の風情が今なお残されています。
そんな土地で暮らす人びとは、ふるさとである里や町に深い愛情と高い誇りをもちながら、訪ねてくる人に対しても寛容的。そのためか、初めて訪れるはずなのに、どこか懐かしさを感じるのです。
もちろん、自然も町も文化も食も、すべてが豊かで魅力的。鳥取県を巡る二日間で、忘れかけていたふるさとへの思いを呼び起こされた気がします。

空間、料理、人に魅了される、昔ながらの田舎時間

女将、寺谷節子さんの人柄とお話に惚れ込むファンも多数

女将、寺谷節子さんの人柄とお話に惚れ込むファンも多数

里山の恵みを生かして丁寧に手づくりされた田舎料理の数々

里山の恵みを生かして丁寧に手づくりされた田舎料理の数々

旅のスタートとなる鳥取駅から車を走らせること約1時間で辿り着いたのは、面積の9割以上を森林が占める森の町、智頭町。目的は、芦津の里にある「山里料理 みたき園」でのランチです。
美しい渓流と森の風景が広がる駐車場で車から降りると、鶏の鳴き声と焚き火の香り、清々しい空気、優しい笑顔の女将さんがお出迎え。女将さんに連れられて園内を進むと、自然の森の中に小径が延び、小川が流れ、茅葺屋根の庵がポツリポツリと立っています。まるで、昔話の世界に入り込んだような感覚を覚えます。
庵に入って待つことしばし、運ばれてきたのは、山菜や豆腐、こんにゃく、川魚など里山の恵みを余すことなく生かした、田舎のおもてなし料理の数々。女将さんの田舎話に聞き入りながら、勧められるまま口に運ぶと、ひと口ごとに滋味深さと手づくりの温かさが身体に染み入っていくのが分かります。
初めてなのに懐かしい、空間と食事。いつまでも過ごしていたくなる、素敵なランチタイムとなりました。

重要文化財の大邸宅で、白磁の巨匠とともに作品を鑑賞

日本の伝統建築の技と粋が随所に見られる、石谷家住宅

日本の伝統建築の技と粋が随所に見られる、石谷家住宅

前田師の語りには、場と作品への愛情があふれている

前田師の語りには、場と作品への愛情があふれている

心づくしのおもてなしに旅情をかきたてられ、早々から万感胸に迫る鳥取県の旅。さらに次の目的地では、特別文化体験が待っています。一路、同じ智頭町の山間に広がる旧宿場町、智頭宿へと移動です。
古い日本建築が並ぶ界隈のなかでも抜群の存在感を放つ、石谷家住宅に到着。江戸から昭和にかけての歴史的な建築遺産として国の重要文化財に指定されている、旧家の大邸宅です。立派な門を通って主屋へ入ると、いきなり土間の巨大な梁や柱に圧倒されます。
そんな空間で私たちの到着を待っていてくれたのは、特別文化体験のホストである前田昭博師。邸内随所に飾られた白磁の作品を手がける陶芸家で、鳥取県在住者として初の人間国宝に認定された白磁の巨匠です。
自らも石谷家住宅のファンだという前田師とともに邸内を見学し、各部屋の床の間に飾られた白磁の作品を鑑賞。「窓や障子から差し込む自然の光が、白磁の表情を引き出してくれます」という前田師の語りに聞き入りながら、美しい白磁の作品に惹き込まれていきます。作品はもちろん、前田師の場語り、作品語りにもいたく感銘を受けたのでした。

皆生温泉最新にして最上の一軒で、ラグジュアリーステイ

全室プレミアムスイート仕様の客室は、100㎡以上の広さ

全室プレミアムスイート仕様の客室は、100㎡以上の広さ

宿自慢の夕食には、鳥取の山海の幸を盛り込んだ豪華料理が並ぶ

宿自慢の夕食には、鳥取の山海の幸を盛り込んだ豪華料理が並ぶ

白磁の巨匠とともに過ごした特別な時間への名残を惜しみつつ、智頭町を離れ鳥取県西部の米子市へ向かいます。
その道中に立ち寄った三徳山三佛寺では、垂直に切り立った断崖の窪みに立つ投入堂を遠望。日本で最も参拝が難しいといわれるお堂に向かって合掌し、旅の安全を祈りました。
そして、すっかり陽も傾いた夕方、米子市の皆生温泉へ到着し、やど紫苑亭にチェックインです。こちらは、歴史ある皆生温泉で最新にして最上の温泉宿。全10室がプレミアムスイート仕様というお部屋へ入ると、伝統と時代が調和した和の様式に心が和まされます。
貸切の露天風呂で良質な天然温泉を楽しんだ後は、宿自慢の夕食です。料理長自ら県内の産地へ足を運んで厳選する山海の幸が、和食をベースにした多彩な料理で登場。温泉でリラックスした心身に、美味しさが染みわたっていく幸せを感じながら、贅沢な時間を満喫しました。

歴史ある宿坊の精進料理をいただき、霊峰大山の恵みに感謝

霊峰大山の中腹に立つ大山寺本堂。荘厳な佇まいに背筋が伸びる

霊峰大山の中腹に立つ大山寺本堂。荘厳な佇まいに背筋が伸びる

観證院 山楽荘ご住職、清水豪賢師のお話も必聴

観證院 山楽荘ご住職、清水豪賢師のお話も必聴

大山の恵みが詰まった精進料理で、身も息も心も調う

大山の恵みが詰まった精進料理で、身も息も心も調う

美しい庭を見わたすダイニングで朝食をいただき、皆生温泉を出発。米子の市街地を抜け、中国地方の最高峰で霊峰として名高い大山を目指します。
標高が高まるに連れて変わりゆく車窓の景色を楽しみながら、大山の中腹に到着。かつて山岳信仰に帰依する修験道の修行場として栄えた古刹、大山寺に参拝です。霊峰大山の姿を仰ぎ見ながら石段を登り、本堂で合掌。朝の清涼な空気のなか、身も心も浄化されていくのを実感するのでした。
参拝後は、400年以上の歴史をもつ宿坊、観證院 山楽荘で精進料理のランチをいただきます。まずは、館内に鎮座する御本尊の不動明王に合掌。精進料理を待つ間、ご住職の清水豪賢師から山と寺の歴史や文化などについてお話を伺えるのも、宿坊ならではの体験です。
「調身、調息、調心。ここでは、すべて大山さんが調えてくれます。山の恵みに感謝しながら料理を味わい、身と息と心が『調う』時間をお過ごしください」。そんなご住職のお話は、精進料理のランチタイムをより豊かなものにしてくれました。

大山寺山内最古のお堂を特別拝観。無の境地で山と仏に抱かれる

大山寺阿弥陀堂。山内に現存する堂宇として最古の歴史をもつ

大山寺阿弥陀堂。山内に現存する堂宇として最古の歴史をもつ

堂内には、平安時代の造営といわれる阿弥陀如来像が鎮座

堂内には、平安時代の造営といわれる阿弥陀如来像が鎮座

心づくしの精進料理をいただき、大山の恵みで身と息と心が調うのを実感。食後は、ご住職の案内で山内にある阿弥陀堂を特別参拝させていただきます。
山楽荘を後に、ご住職とともに車で移動すること数分。先ほどまで居た一帯よりさらに標高が高い地点で下車します。すぐそばには、木立の中、苔むした石垣の間に、石畳と石段が延々と続く参道。一歩ずつ、一段ずつ踏みしめるように参道を登り切った先には、霊峰大山の森を背後に立派なお堂が立っていました。山内に現存する最古の建造物で、国の重要文化財に指定されている阿弥陀堂です。
通常は非公開で扉や窓が固く閉ざされているため、ご住職の手によって開錠。薄暗い堂内へ入ると、奥の壇上には金色に輝く阿弥陀如来像が安置されていました。穏やかな表情に導かれるまま、近くまでにじり寄り合掌。冷気と静寂のなか無心で手を合わせていると、山と仏の懐に抱かれているような安らぎを感じるのでした。

鳥取県西部で受け継がれる伝統工芸、弓浜絣の感動体験

工房ゆみはまの主、田中博文さん。糸紡ぎの作業も自ら手がける

工房ゆみはまの主、田中博文さん。糸紡ぎの作業も自ら手がける

経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を丁寧に織り重ねながら、想定通りの模様を生み出していく

経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を丁寧に織り重ねながら、想定通りの模様を生み出していく

精進料理や特別参拝で「調え」られた実感と感謝を、ご住職に伝えて下山。清々しい気分で、次の旅程へと進みます。大山を後にして向かったのは、境港市。鳥取県の伝統工芸、弓浜絣を受け継ぐ「工房ゆみはま」で見学と制作体験に臨みます。
工房を訪ねる前に、米子市にあるアジア博物館・井上靖記念館へ立ち寄ります。そこで待っていてくれたのは、工房の主で弓浜絣職人の田中博文さん。館内に展示された弓浜絣に関する資料を見学しながら、田中さんの解説で歴史と伝統、工程などを予習します。その後、近くに広がる綿花畑を訪ねて素材の栽培についても学び、工房に到着です。
工房内には織り機が並び、小気味良いリズムが響いています。まずは、田中さんや職人さんが実際に行う糸紡ぎと織りの様子を見学。田中さんの解説を聞いた後、織り機に座ってコースター作りに挑戦です。
模様を想定して藍で染められた経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を、丁寧に織り重ねていく作業は想像以上に緻密で繊細。その分、模様が表れてきた時の喜びは何ともいえません。自分の手で完成させることは叶いませんでしたが、仕上げを田中さんに託して後日届いた作品を手にした時、胸に熱いものがこみ上げました。
鳥取県を東西に横断し、ご当地の歴史や文化に触れた一泊二日。旅の直後は撮りためた写真を眺めてエピソードを振り返る日々でしたが、しばらく経つと写真には写っていないものが恋しくなりました。それは、各地で出会った人たちがその土地のことを大好きで、訪ねてきた人を温かく迎え入れてくれる、素朴で素直なおもてなしの心。だから、次に訪ねる時の挨拶は、「ただいま」と決めています。

関連記事

最終更新 :
  • HOME
  • 鳥取県
TOP