「縄文土器から回転ずし皿まで」

「縄文土器から回転ずし皿まで」

2021.3.18

The KANSAI Guide

~越前漆器の1万年の歴史~

 ウルシの樹液を木や紙などに塗り重ねて作る工芸品、漆器。ウルシが東アジアでしか生えないことから日本をはじめとする東アジア地域で工芸の技術が磨かれ、16世紀後半に日本から欧州に輸出された漆器はときの西洋の権力者たちをとりこにした。その代表的な産地の一つが越前地域だ。越前漆器は、福井県鯖江市河和田周辺で、今も作られている。現在、うるしの里会館がある鯖江市片山町が誕生の地といわれる。

 福井県若狭町の地区では1万2千年前の漆の木の枝の化石が見つかっている。近くの若狭湾に面した鳥浜貝塚からは、5千年以上前の赤い漆の櫛や漆塗りの木製品や土器が出土している。既に、縄文時代に、卓越した木工技術や漆塗りの技法がくらしに生かされていたことが分かる。縄文時代の遺跡や出土品については、福井県立若狭歴史博物館が詳しい。

 古墳時代末期の6世紀、後の継体天皇がまだ皇子の時に、片山集落の塗師に冠の修理を命じた。塗師が、漆で修理した冠とともに黒塗り椀を献上したところ、その出来栄えに感動。漆器作りを奨励されたと伝えられており、これが越前漆器のはじまりと言われている。後の時代に「片山椀」と名付けられ、「河和田塗り」として名前が知られるようになり、現在の越前漆器として続いている。

 越前は温暖多雨で、とりわけ内陸部は豪雪地帯で有名だ。緑濃い山並みと雪解けの清らかな水が豊富にあり、木と水の自然に恵まれた地域である。漆塗りには、適度な湿度が無いと乾かない特性があり、北陸地方の湿気の多い気候は好都合であった。越前には、古くから越前衆と呼ばれる漆かきがいた。漆かきとは、漆の木から漆液を採取する職人のことで、最盛期には全国の半数を占めていた。江戸時代、幕府の初代将軍、徳川家康を祀る日光東照宮を建てる際、幕府が大量の漆液の採取を越前に命じている。越前の漆かきが、どんなに高く評価されていたかが分かる。
 また、隣接する近江(現在の滋賀県東近江市)の国には、ろくろで木を加工し、椀を中心に木地を作る技術を持つ木地師集団がいた。彼らは、全国各地の深山で活動したが、越前の片山地区にも良材を求めて移住してきた。そして、ここで漆かきの技術と結びついて、現在に伝わる漆器業が誕生した。片山町には片山漆器神社がある。木地師の祖といわれ、ろくろの技術を伝えた、惟喬(これたか)親王の遺徳を称え、椀の神様として祀られている。
 中世以降、越前を含む、北陸地域は真宗信徒が多く、仏事が盛んであった。越前漆器は、開祖・親鸞に対する報恩謝徳のための法要「報恩講」の器椀に多く使われた。江戸時代、藩の殖産政策もあり、越前は国内の一大産地となった。
 江戸末期になると、京都から漆器の表面に金粉をまくことで絵や紋様を定着させる蒔絵の技術を、輪島からは漆器の表面を専用の鑿で彫り、そこに金箔や金粉を定着させて紋様を沈金の技法も取り入れ、越前漆器はそれまでの堅牢さに加えて、華麗な装飾性も帯びることになった。さらに、明治半ばには、それまでは、丸物の椀類の生産が中心だったが、角物と呼ばれる膳類なども作るようになる。重箱、手箱、盆、菓子箱、花器など様々な製品が生産されるようになった。
 各工程で、高度な技術が求められるため、職人は家業を継ぐという形で受け継がれてきた塗り行程を行う職人を中心にした塗師屋(ぬしや)という親方衆から制作が始まり、分業で作り上げられている。今も、職人は約300人おり、このうち伝統工芸士に認定された人は30人を超える。京都や金沢が誇る繊細優美さとは違う、日用品を中心に、用に徹した美しさを追求している。
 2014年には学校給食用の食器(木製漆器椀)も開発、食器洗浄器に対応できる耐久性を備えており、鯖江市の全ての小学校に導入している。さらに木材以外の合成樹脂の使用、伝統的な黒と朱以外の様々な色の表現に対応することで、今では、国内の業務用の漆器の70%以上を生産しているとされ、とりわけ、回転ずしの食器の90%が越前漆器で占められているといわれている。過酷な環境にも耐えられる品質作りの結果である。現在ではさらに金属やガラス、焼き物などの幅広い素地を使用した漆器商品も増えてきている。
 2009年からは越前塗山車として、山車の漆塗り作業も手掛けている。全国で職人が減っている中、漆塗りから仕上げまで全ての工程の職人が揃っていたため作業が可能となり、伝統の継承につながっている。うるしの里会館では、越前漆器の歴史的資料や製造工程と伝統技術を生かした業務用漆器、また現代的な漆器の取り組みなど産地の特長を見ることができる。会館に近接した、職人工房では、伝統工芸士による木地、塗り、加飾などの実際の作業工程も見学できる。
 鯖江市と隣接する武生市のあるエリアは、漆器以外に、和紙、打ち刃物、越前焼などの伝統工芸品の見学施設もある。海が近く、大陸文化の玄関口だった歴史を持ち、京都大阪とも古くから行き来がしやすい地域だったこともあって、往時の越前の伝統工芸品の数々は当地の繁栄を偲ばせる。

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