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豊臣秀吉が自身の隠居城として伏見に城を築くも地震で倒壊(伏見指月城)。その後建て直した木幡山伏見城は関ヶ原の戦いで焼失。徳川家康によって1602年に改めて建て直され、家光まで3代にわたって将軍宣下式が行われるなど、初期の徳川幕府の拠点となる城でしたが、1619年に廃城となり、建物は二条城や福山城、淀城などに移されました。
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