上神谷のこおどり

上神谷のこおどり

2021年12月26日

The KANSAI Guide

(にわだにのこおどり)

堺市 関西
国選択・府指定無形民俗文化財

天照大神の降り立った峰を発祥地とする 神への感謝を捧げる、奉納の舞。

古くから上神谷(にわだに)の鉢ヶ峯寺地区に伝わっている「上神谷のこおどり」。この踊りの発祥は、垂仁天皇の御代に天照大神が鳳凰の姿を借りて、襲峯(おそいのみね)に降り立ったという伝承に基づいています。その後、天照大神が降臨したとされる地に國神社という社が建てられました。もともと「こおどり」が奉納されていた國神社は、明治43年(1910年)に櫻井神社に合祀され、昭和8年(1933年)に行われた第7回全国郷土舞踊民謡大会の出演を機に「こおどり」が復興してからは、櫻井神社の秋季例大祭に奉納されるようになりました。

雨の恵みと五穀豊穣を神に感謝する祈りをこめた踊り。 中世の風流踊りの影響も。

中央にあるのが赤と黒の産着(かぶせ)を着せたカンコ。カンコにはヒメコが挿してあり、これに神が宿るといわれている。

中央にあるのが赤と黒の産着(かぶせ)を着せたカンコ。カンコにはヒメコが挿してあり、これに神が宿るといわれている。

「上神谷のこおどり」が奉納される櫻井神社は、「上神谷の八幡さん」と地元の人から親しみを込めて呼ばれ、鎌倉時代(1185〜1333年)に建築された拝殿は堺市唯一の国宝。また、「上神谷のこおどり」は国選択・府指定無形民俗文化財です。
現在の「上神谷のこおどり」は、毎年新暦の10月に奉納されていますが、そのルーツは和泉地方で行われていた雨乞いや雨を降らせてくれた神様へのお礼のための踊りであったとされ、旧暦の8月(現在の8月下旬から10月上旬頃)に行われていました。
なお、こおどりでは「ヒメコ」と呼ばれる神籬(ひもろぎ:神の依代)を挿した竹かごを背負う、赤と黒の鬼神が登場し、踊りの歌詞などからは中世に流行した風流踊りの影響を伺うことができます。

早朝から始まるこおどりの行列と、それを待ちわびる集落の人びと。 鬼神が背負うヒメコが、魔除けのおまじないとなる。

道歌をうたいながら村を練り歩く一行。集落の人びとは、一行の歌声で祭りの訪れを知る。

道歌をうたいながら村を練り歩く一行。集落の人びとは、一行の歌声で祭りの訪れを知る。

こおどり奉納の朝、当家(祭りの世話役)の家でひと踊りした後、龕燈灯持(がんとうあかりもち)を先頭にこおどりの一行が出発。中踊りを務める鬼と天狗とともに、新発知(しんぼち)、太鼓打ち、鐘打ち、扇振などからなる外踊りの一団は、音頭取りが吟じる道歌の音色に合わせ、集落の道を練り歩いていきます。
鬼神の背負うヒメコを家の門口に挿しておくと魔除けになるといわれており、かつては人びとは奪い取るようにヒメコを持って行ったそうですが、現在は玄関先でこおどりの一行を丁寧に出迎え、ヒメコを受け取るようになりました。
やがて一行は、最初の目的地である鉢ヶ峯寺地区の國神社へと向かい、ここで舞を奉納します。音頭取りは編み笠を口元に当て、息継ぎをずらして歌が途切れないように歌い上げます。その後に、櫻井神社へと向かい、境内で音頭取の歌に合わせてやかた踊、あひき踊などを奉納します。

古墳築造から鉄砲鍛冶や茶の湯まで 歴史を支え、彩る文化と技術が生まれた堺の町へ。

世界遺産「仁徳天皇陵古墳」。

世界遺産「仁徳天皇陵古墳」。

2021年にオープンした「百舌鳥古墳群ビジターセンター」。

2021年にオープンした「百舌鳥古墳群ビジターセンター」。

堺市は、世界的に知られた古墳の町。百舌鳥エリアには世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に登録された21件23基の古墳が点在。その中でもひときわ目を引くのが、世界最大級の墳墓である仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)です。2021年にはこれらの古墳群の魅力を伝えるガイダンス機能を備えた、「百舌鳥古墳群ビジターセンター」もオープンし、古墳時代の歴史ロマンをより身近に感じることができるようになりました。
堺の町は、室町時代から安土桃山時代にかけて、会合衆と呼ばれる自治組織によって運営され、貿易と鉄砲鍛冶など時代の最先端を行く技術で隆盛を極めました。茶の湯の大家、千利休も元は堺の商人の出身で、ゆかりの屋敷伝承地などが今も残されています。これらの名所を巡るのであれば、昔ながらの路面電車「阪堺電車」がおすすめです。新旧さまざまな車両が往来する小さく可愛らしい電車に乗って、堺の町をのんびりと旅してみてはいかがでしょう。

画像提供:堺市文化財課/堺こおどり保存

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