曳山祭・子ども歌舞伎

曳山祭・子ども歌舞伎

2021年12月26日

The KANSAI Guide

(ひきやままつり こどもかぶき)

滋賀県 関西
国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産(長浜)
県選択無形民俗文化財(米原)

大人顔負けの演技で観客を魅了する 曳山祭最大の見どころ「子ども歌舞伎」

1573年、坂田・浅井・伊香の湖北三郡を支配することになった羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)。秀吉は琵琶湖に面した「今浜」に築城を始め、やがて地名を「長浜」に改めました。長浜市の「曳山祭」は、秀吉をルーツに持つ約430年の歴史ある大祭です。一方、長浜市の南に位置する米原市でも、長浜の「曳山祭」を見習い、湯谷神社の祭礼として始まったとされています。現在でも長浜市と米原市では曳山祭が受け継がれており、その最大の見どころ「子ども歌舞伎」は見る人を魅了し続けています。

430年以上前、羽柴秀吉が武者行列を行ったことを起源とする長浜の「曳山祭」

曳山の上に設けられた舞台での子どもたちの熱演は、見る人を魅了する。

曳山の上に設けられた舞台での子どもたちの熱演は、見る人を魅了する。

毎年4月9~17日に行われる長浜の「曳山祭」。その起源は今から430年以上前、羽柴秀吉が長浜城を築いた時代にさかのぼります。秀吉は荒廃していた長濱八幡宮と祭礼を復興し、「太刀渡り」と呼ばれる武者行列を行いました。この「太刀渡り」が「曳山祭」の原型と言われ、現在も長刀組によって奉納されています。
「曳山祭」の最大の見どころは、「子ども歌舞伎」です。4月13日の夕刻に「十三日番」を迎え、子どもたちが初めて歌舞伎を披露します。14日の午前中には各山組内の道路上に曳き出された曳山で歌舞伎を演じる「自町狂言」があります。そして「子ども歌舞伎」一番の見せ場が15日の長濱八幡宮での「狂言奉納」です。境内に4基の曳山が曳き入れられ、山車の上に設けられた舞台上で子どもたちが大歌舞伎を上演、熱のこもった芝居を約40分間繰り広げます。

地元の男の子たちの名演が光る米原「曳山祭」

米原「曳山祭」の子ども歌舞伎。地元の5歳から12歳の男の子たちの名演が繰り広げられる。

米原「曳山祭」の子ども歌舞伎。地元の5歳から12歳の男の子たちの名演が繰り広げられる。

長浜市の隣に位置する米原市でも毎年10月上旬になると湯谷神社の祭礼として「曳山祭」が奉納されます。これは長浜「曳山祭」を見習って始まったといわれ、江戸時代後期、1770年には開催された記録が残っています。その後、北町の旭山組、中町の松翁山組、南町の壽山組の3つの組が曳山を出します。こちらも各組から選ばれる5歳から12歳の男の子たちが曳山の上で「子ども歌舞伎」を演じ、長浜市と同様に祭の見どころとなっています。
米原市の「曳山祭」が奉納される湯谷神社は歴史が古く、出雲から来た人が諸国行脚の途中に湯泉を見つけて祠を建てたことが起源と伝えられています。普段の境内は静謐な空気を湛えていますが、秋の「米原曳山祭」になると、人びとの熱気に包まれます。

美しい自然と古い歴史が織りなす物語を求めて 長浜と米原へ

1900年に銀行として建てられた建物を利用した黒壁一號館。

1900年に銀行として建てられた建物を利用した黒壁一號館。

珍しい高山植物も見ることができる、伊吹山山頂の「天然のお花畑」。

珍しい高山植物も見ることができる、伊吹山山頂の「天然のお花畑」。

長浜城築城により形成された城下町と豊かな自然を有する長浜市。市内の町割は近世城下町のルーツともされています。そのうち、「長浜黒壁スクエア」を中心とした一角は、レトロモダンな街並みが広がる人気のエリア。黒壁銀行の愛称で親しまれた明治時代の銀行を改装した「黒壁ガラス館」をはじめ、レストランやカフェなどが古い街並みに点在し、定番の観光スポットとなっています。また、豪華絢爛な曳山の実物を、いつでも見ることができるのが長浜曳山博物館です。ここは曳山の修理施設を備えているので、長浜の曳山の修復を行うなど、文化の伝承にも努めています。
一方、標高約1377mと滋賀県最高峰、日本百名山にも数えられる伊吹山を有する米原市。伊吹山の山頂からは琵琶湖、比良、比叡の山々はもちろん、日本アルプスや伊勢湾まで一望できます。「古事記」や「日本書記」など数々の歴史書にも登場。現在、山頂の花畑は国の天然記念物に指定されています。
古い歴史と、豊かな自然に囲まれた長浜市と、交通アクセスもよい米原市。琵琶湖と周辺の山々が織りなす絶景や、秀吉をはじめとする戦国武将たちの物語をぜひ堪能してください。

画像提供:長浜曳山文化協会/米原曳山祭保存会/(公社)びわこビジターズビューロー

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