関西の日本酒物語 源氏物語

関西の日本酒物語 源氏物語

2020年12月10日

関西の日本酒物語_源氏物語

 11世紀初頭、日本では中世の最高傑作『源氏物語』が誕生する。作者は紫式部、彼女は下級貴族の出とはいえ、その作品が機縁で、時の関白・藤原道長の娘・中宮彰子の家庭教師という役を任されるほどだった。その「源氏物語」に須磨、明石の段がある。主人公「光源氏」が帝の子でありながら、不始末から京を追放され、須磨に退却することになる。まだ26歳の若さであり、憂愁の日々を送りつつも、桜を愛で、月を詠み、音曲を楽しむ。そこで明石の君と出会うのであるが、そのあたりは原作をお読みください。
 現代の我々なら、この地に美味しい酒があるのに、どうして光源氏は楽しまないのだろうと思うところだ。それは作者が当時の女性であるからか、はたまた何か別の要因があったのか、と詮索しても、実は未だ日本では美味しい酒は登場していないのである。海の幸も、山の幸も豊富で美味しい食材はいっぱいあったのだが、それに見合う酒がなかった。
 日本の酒が誕生したのは、2000~2600年位前。酒の原始的な方法から徐々に醸造技術が発達した日本酒ができたのは奈良時代の8世紀頃。それは儀式用だったという。それから14、15世紀頃に関西で現在の日本酒の原型ができた。さらに、19世紀になって関西の灘で寒づくりができあがり、現在の酒造りの基礎ができた。それは「水の発見」「水車精米」と寒季の細菌の少ない時期への集中が品質向上にもつながり、全国に市場を拡大させたという。「光源氏」は美味しい酒を飲むためには800年近い月日を待たなければならなかったわけである。
 【ファーストブレイク酒蔵】櫻正宗
 日本酒は、原料は、お米・米麹・水で、いずれも旨くなくてはならない。先の「灘の寒づくり」だが、1840年、櫻正宗の6代目山邑太左衛門によって六甲山の麓・西宮で「宮水」が発見されたことが大きな要因となっている。

宮水は、鉄が少なく、リンとカリウムが豊富で、麹菌や酵母の繁殖を助け、酵母にとって必要な養分が多いという水で、これで一気に日本酒は醗酵力の強く腐りにくい、しっかりした味となり、近隣からさらに拡大して大量消費につながった。

灘には五郷ある。東から今津、西宮、魚崎、御影、西の五つで、全国の清酒生産量の三割を占める。櫻正宗は中間地点の魚崎郷にあるが、「宮水」を最初に発見した蔵であり、全国に百もあると言われる「正宗」という銘柄を最初につけた元祖蔵でもある。高精白に磨いた米で仕込んだことから、当時江戸で一番高値がつき「正宗」の名が広まったという。他にも最初にやったことが多い櫻正宗は古いだけでなく、新しいことにも挑戦し、蔵の隣にはレストランで「ポン酒鍋」なるものまで出している。「温故知新」とはこのことだ。

櫻正宗株式会社
〒658-0025 兵庫県神戸市東灘区魚崎南町5丁目10−1

櫻正宗記念館「櫻宴」
〒658-0025 兵庫県神戸市東灘区魚崎南町4丁目3-18
見学自由:10:00-22:00
定休日:火曜日
外国語HP

交通アクセス
①関西空港駅からJR大阪駅下車、阪神大阪梅田駅から阪神魚崎駅下車、徒歩約5分 (所要時間目安:約95分)
②関西空港駅から南海なんば駅下車、大阪メトロなんば駅から大阪メトロ梅田駅下車、阪神大阪梅田駅から阪神魚崎駅下車、徒歩約5分 (所要時間目安:約85分)
関西国際空港から関空リムジンバスにて西宮駅下車、阪神西宮駅から阪神魚崎駅下車、徒歩約5分。(所要時間目安:約130分)

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