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多くの旅行者は、有名な都市部を離れると関西がどれほど豊かに表情を変えるかを知りません。京都や大阪の中心部では街のテンポで日々が流れますが、北上して日本海側へ向かうと、風の匂いも空気もまったく変わってきます。
この4日間の関西旅では、美山、丹後、但馬の豊岡や湯村、そして丹波と巡り、水がどのように絹の手仕事、温泉文化、山里の暮らし、そして海辺の景観をつないでいるのかを感じられるルートをご紹介します。
京都北部の山間にある美山は、日本でも特に保存状態の良い茅葺き集落(かやぶきの里)のひとつで、京都から日帰りで行ける、理想的な里山スポットです。
観光用につくられた民俗村とは異なり、美山には今も人々の暮らしがあります。郵便配達の姿、軒先に干された洗濯物、農作業の準備をする人たち──そんな日常の景色が自然と目に入ってきます。
美山民俗資料館では、伝統的な茅葺き民家の内部を見学できます。古い道具や台所用品、農作業に使われた器具など、現代の便利さが入ってくる前の静かな田舎の暮らしを垣間見ることができます。
澄んだ山の水と豊かな草原に恵まれた美山は、乳製品の質の高さでも知られています。小さなファームショップで味わった“美山ミルクのジェラート”は驚くほど香りがよく濃厚で、日本でも屈指と言えるほどのおいしさでした。
スロートラベルや農場から食卓までをつなぐ旅を求める旅行者にとって、美山は本物の「農村の日本」を感じられる場所です。
さらに北へ進むと、丹後半島が日本有数の絹産地としての姿を見せてくれます。丹後では300年以上にわたり、京都の染色職人やパリのラグジュアリーブランドも用いる「丹後ちりめん」と呼ばれるクレープ織の絹が生産されてきました。
TANGO OPEN CENTERでは、生糸から完成した反物になるまで、ちりめんがどのように作られるのかを工程ごとに学ぶことができます。
通常の絹とは異なり、丹後ちりめんは糸を左右反対方向に強く撚(よ)り合わせて織り上げ、さらに熱い湯で洗って糸の緊張をゆるめます。ゆっくりと撚(よ)りがほどけていくことで、表面に「シボ」と呼ばれる細かな凹凸が生まれ、丹後ちりめん特有のマットな風合いになります。この工程は今も職人の目と勘に大きく頼る、繊細な仕事です。
車を少し走らせると視界が開け、水平線に向かって設置された海辺のブランコで知られる夕日ヶ浦海岸に到着します。
撮影スポットとして人気が高まっていますが、なにより、澄んだ空気の日に見る夕日は、京都でも最も静かで美しいと評される景色のひとつです。
海岸のすぐそばに建つ「一望館」は、日本海を望む温泉と、地元の漁港から直接仕入れる新鮮な海の幸で知られる旅館です。
温泉好きにも、美食を目的とする旅行者にもぴったりの宿です。
小嶋庵へ向かい、和紙を使った提灯づくりのワークショップに参加しました。
成形の前に、和紙の繊維を水に浸して柔らかくし、破れにくく伸ばせる状態に調整します。
木枠に張って乾かすと、和紙は驚くほど丈夫になり、数十年も持つといわれるほどの耐久性を持つ灯りへと仕上がります。
約160万年前、火山から流れ出た溶岩が、急速に冷やされたことで、ほぼ完璧な六角形の柱状節理が形成されました。いまは巨大な石の神殿のようにそびえ立ち、川面を見下ろす圧巻の景観をつくり出しています。
玄武洞は1926年、時代による地磁気の逆転を証明する手がかりを科学者に与え、それが20世紀最大級の発見ともいわれる「プレートテクトニクス理論」につながりました。
道路を挟んだ向かいにある玄武洞ミュージアムには、世界中の鉱物と化石展示のほか、後ほど詳しく紹介する豊岡の伝統工芸「豊岡杞柳細工」の展示もあります。
円山川という水の流れが作り出した、豊岡らしい地形と景色をより深く感じたいなら、ミニ遊覧船に乗るのがおすすめです。
豊岡は、かつて日本で絶滅したものの、保護活動によって再び野生復帰に成功したコウノトリの生息地としても知られています。野生動物好きにはたまらない、希少な出会いが期待できる場所です。
玄武洞ミュージアムでは、この地域の伝統工芸「豊岡杞柳細工」も紹介されています。
円山川流域の湿地に自生していた「コリヤナギ」という柳や籐を使う工芸品です。水につけて柔らかくしながら、しなやかさを活かして編み上げます。豊岡の風土の中で引き継がれてきた伝統の技があり、乾燥すると丈夫なかごに仕上がります。
ワークショップでコースター型のかご編みキーホルダーづくりにも挑戦しました。
一見シンプルに見えますが、美しい編み目の流れに合わせ、曲げ方の力加減ひとつひとつを指先で探り、丁寧に編んでいく必要がありました。
玄武洞ミュージアムで軽い昼食をとったあと、兵庫県をさらに奥へ進み、848年に開かれた湯村温泉へと向かいました。ここは単なるリゾート地ではなく、今も人々が“温泉”とともに暮らしています。
荒湯では、98℃の源泉が生活の一部になっています。湯村温泉の豊富な湯量は、各家庭に配湯されており、地元の人々は温泉の湯で料理をしたり、洗濯物をしたりしています。訪れる人も卵や野菜を自分で茹でる「湯がき体験」を楽しむことができ、日本各地でかつて見られた“湯と共にある暮らし”を体験できます。
レトロな温泉街を歩くと、昭和時代の写真や生活道具を展示する夢千代館があり、ここ湯村温泉を舞台にしたドラマ『夢千代日記』の世界観がそのまま残されています。
この日の宿は「骨の芯まで温まる温泉」と呼ばれる佳泉郷井づつや。ミネラル豊富な湯は湯冷めしにくく、冬の外気の中を歩いても体の奥に温かさが残るほどです。
夕食は、但馬牛や日本海の海の幸を使った会席料理で、現代の名工 井上明彦料理長が監修しています。
湯村温泉を出発する前に立ち寄ったのは、源泉「荒湯」のすぐ近くにある展示スペース「杜氏館」です。
館内には伝統的な酒造りの道具が展示されており、杜氏経験者の話を聞きながら、日本4大杜氏の但馬杜氏が造った日本酒を試飲できます。(期間限定、不定期)まさに「但馬杜氏の里」ならではのスポットです。
湯村を出て向かったのは、但馬牛博物館。ここでは、日本の和牛文化に大きな影響を与えてきた但馬牛の歴史や科学的背景を知ることができます。スタッフの中には実際に畜産に携わっていた方もおり、その説明は展示の内容以上に深く、リアルで学びの多いものでした。
但馬牛は非常に重要な存在で、神戸ビーフの元となる血統であり、現代の和牛の基盤となった牛でもあります。法律により、認定された神戸ビーフは「兵庫県で生まれ育った但馬牛」でなければ名乗ることができません。
つまり、日本の和牛文化のルーツは、この地域にあるということです。
見学のあとは、地元産の牛肉を使った軽い昼食をいただきました。
食べてみることで、但馬牛の味わいが単なる“高級料理”ではなく、自然・科学・そして何世代にもわたる農業の知恵によって形づくられてきたものだということを実感できました。
標高353メートルの山頂に築かれた竹田城跡は、「天空の城」と呼ばれる絶景スポットで、兵庫北部の川沿いの谷を見下ろすように佇んでいます。
15世紀に築かれたこの城は、物資を運ぶ水路や情報伝達の要衝を押さえるため、戦略的にこの位置に置かれました。豊臣政権の時代になると生野銀山を守るための城として重要視され、豊臣秀吉の弟の秀長が、城代として竹田城を総石垣の城にする流れを作り、秀吉の家臣で最後の城主となった赤松広秀が、完成させたと言われています。
多くの旅行者が日の出の時間に訪れるのは、冷たい川の空気と山の温度差が生み出す“雲海”に城が包まれる光景を見るため。まるで雲の上に浮かんでいるような景色が広がります。
霧がなくても、登るにつれて風の流れが変わる瞬間があり、山頂に近づくほどに場の空気の力強さを感じられます。
兵庫県丹波篠山市の谷すじの奥にある「集落丸山」は、宿という枠を超えた場所。築150年以上の古民家を伝統工法で修復し、村人たちがおもてなしを行う“泊まれる集落”です。
家ごとに太い梁や柱が残され、まるで時間が止まったような静けさがあります。朝食は近所の女性たちがつくってくれる、素朴で温かい里山の味。
田畑、山林、清らかな水に囲まれたこの場所では、かつての日本の農村での暮らしがそのまま体感できます。
集落丸山から夕食のお店までは、村道を歩いて向かいます。畦道から聞こえる虫の声、田んぼを流れる水の音を聞きながら辿り着くのが「ひわの蔵」。
このお店では、シェフが“その土地が許すもの”でコースを組み立てます。地元農家が育てた野菜や淡路島の海で獲れた魚、澄んだ山の空気の中で育つ和牛など、いずれも自然と人の営みが生み出した食材です。
メニューは季節ごとで、和の素材とフランス料理の洗練された技法が調和した構成。
外観は素朴ながら、一皿一皿に込められた意図は深く、ここでの食事は旅の中でも特に心に残るものでした。
最終日は、観光ではなく“粉から始まる体験”でスタートします。
永沢寺(えいたくじ)そば道場では、そば粉に少しずつ水を加え、生地をこね、のばし、伝統的なそば包丁で切るところまで、そばづくりを一から体験できます。
ここでは、水に含まれるミネラルや硬度が生地にどんな影響を与えるのかを学びました。
地域によっては生地が割れやすくなったり、逆に粘りが強くなったりします。
この地域の水はそのバランスが理想的で、心地よい“コシ”を生み出してくれるのです。
自分で打ったそばを食べると、本当にごほうびみたいに嬉しい!
嵐山の混雑を避けたいなら、京都府向日市にある「竹の径」と呼ばれる静かで、サイクリングもできるルートがおすすめです。
竹林は何百メートルも続き、土産物屋ひとつない“緑のトンネル”をつくっています。
聞こえるのは、竹を揺らす風の音だけです。
駅近くのショップで電動アシスト自転車を借り、なだらかな丘陵地をゆっくりと走りました。名所を急いで回るのではなく、写真を撮りたい場所で自由に止まれるのが魅力です。
京都市内へもどり「Kimono Tea Ceremony MAIKOYA」へ。ここでは茶道や着物着付けなど、日本が初めての旅行者にも参加しやすい文化体験が提供されています。
体験中、スタッフの方が「一期一会」という言葉を教えてくれました。「この瞬間は二度と繰り返されない、だからこそ大切にしたい」という日本の考え方です。
4日間の関西旅を振り返るうえで、とても心にしみる言葉でした。
この旅程は、ちりめんの精練、温泉文化、里山の食、そして川が刻んだ谷など、 “水”がどのように関西の文化や暮らしを形づくってきたのかを映し出しています。 場所から場所へ移動する旅というよりも、土地や手仕事、日々の営みが、水を通してつながっていることを感じられる旅です。